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日本人の「助け合う心」−震災復興へ!世界から称賛の声

 岩手、宮城、福島県を中心に、とてつもなく大きな被害と、そして悲しみをもたらした東日本大震災から、もうすでに1ヶ月が経ったのですね。
 日本が一丸となって、この大きな試練を乗り越えていかなければなりません。世界中からもたくさんの方々が、日本の復興を応援してくれています。
 そこで今日は、私がたまたまYouTubeで見かけた映像をご紹介させていただきます。この映像作品はアメリカの16歳の青年が制作したものです。まずはご覧ください。



Japan Earthquake 2011_Twitter Messages

 映像に出てくる英文の意味を知りたい方のために、以下に和訳文章を掲載しています。
続きはこちら→


≪映像に出てくる英文の日本語訳(抜粋して要約)≫


2011年3月11日午後2時46分、
マグニチュード8.9の大地震が日本を襲った。

震災の直後からツイッターで交わされた言葉の数々を
ここで紹介しようと思う。
このとてつもない悲劇に敢然と立ち向かう
日本人の魂を感じることだろう。
日本でがんばる人々にエールを送ろう。


<BBCのレポート>
とても感動的です。
もし他の国だったらこんな風にはできないでしょう。
このひどい状況下でも日本人は理性的に行動し、
感情をコントロールできているのです。

今日の朝礼で店長がこう言った。
「決してお客様の前で不安そうな表情を見せるな。」
「お客様へのおもてなしの心を忘れずに!」
感動した。
よし今日もがんばるぞ。

地震が起きたとき私はレストランで働いていました。
ほとんど満席だった店内からお客様を屋外へ誘導しました。
お会計をする余裕はありませんでした。
でも、その時店内にいらっしゃたほとんど全てのお客様は
後に戻って来てくださりお支払をしてくれたのです。
日本はすばらしい国です。

震災直後、道路は大混雑でした。
信号が青になっても車は1台ずつしか進みません。
そんな状況でもみんな互いに道を譲り合い
誰一人
クラクションを鳴らす人などいませんでした。
「ありがとう」のクラクション以外には・・・。

<スーパーマーケットにて>
地震で商品が棚から落ちて散乱しました。
すると買い物に来ていた客たちは
商品を拾って棚に並べ始めたのです。

<コンビニにて>
震災後の停電により自家発電の電力で
営業していた店でのことです。
どうやら発電機が燃料切れになったらしく
突然店内は真っ暗闇になってしまいました。
そのとき店内にいた多くの客はどうしたか。
なんと商品を元の場所に戻して
みんな文句も言わず帰っていったのです。
支払をせず持ち帰ってもおかしくない状況なのに・・・。

<電車内にて>
お年寄り二人が話している会話を耳にした。
「節電のために電気を使わないようにということだ。」
「私らにとっては経験のあることだしなんてことないよ。」
「今回は大戦の時のように爆弾が落ちてくるわけではないからな。」
私は泣きそうになった。
 −おそらくアメリカ人の投稿−

自衛隊の皆さんの働きには感服します。
背中に二人背負って両脇に二人抱えて救助していたそうです。
ろくに食事や睡眠もとらずに
笑顔で救助に全力を尽くしているのです。

電車が止まってしまい
駅のホームで凍えそうになっているときのことです。
一人のホームレスの人が近寄ってきて
私にダンボールを差し出しました。
そのダンボールにはこう書いてありました。
「これを使いなさい。暖まるよ。」
とても感動しました。

日本の復興には皆さんの協力が必要です。

*******************************************************

日本人の「相手を思いやる心」は世界の人々を驚かせています。
これからしばらくの間、日本に住む私たち全員で様々な苦労を乗り越えていかなければならないのでしょう。
みんな一緒に、明るく元気にがんばりましょう!

↓今日の記事の参照サイト
YouTube(動画制作者のTucker Iidaさんのページ)

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atglobeの投稿(08:12:18-2011-04-14) - カテゴリ: 世界文化に関するニュース TrackBacks

コメント

Yasuhiko Kambe wrote:

at-globe さま

以前タイター関連記事のコメントをたびたびしていた、Ben Hattoriです。すっかり、ごぶさたしてしまいました。勝手ながら今回のこの記事以降、投稿者名をYasuhiko Kambeの実名といたします。

2011/3/11の震災、決して忘れることのない深い記憶となりました。
自分も関東南部在住で発生時には今まで体験したことのない、大きくて奇妙な、恐怖に満ちたあの揺れを体感しました。その数十分後のTV画面には、やはり今まで見たことのない巨大な津波の中継映像が映し出されていました。その時、脳裏の隅に嫌な予感・不安、「福島の原発は安全なのか?」がよぎりましたが、それは的中し現実のものとなりました。その日、自分は幸いにも帰宅難民にならずに済みましたが、交通網の全面的なマヒで首都圏〜東北にかけての膨大な数の方々が、帰宅が翌朝以後となったのを目の当たりにしました。
そして、週明けの平日からは計画停電が実施され、東京23区外の拙宅も停電生活を早春の冷え込みの中で余儀なくされました。さらには、追い討ちをかけるように食品・飲料水・灯油・ガソリンの品不足(同時多発した大量買い占めによるものですが)と連日連夜続く抜き打ち的な余震。福島原発の状況も一進一退で、油断できない事態が悪夢のように続きました。

巨大津波が直撃した被災地の一つ、岩手県宮古市は自分が生まれた土地です。母の里帰り出産で同市で誕生したのですが、自分にとってはいわば心の故郷のような土地です。母の実家は代々同市で、親類・縁者も少なからずいます。自分は数えるほどしか会ってないのですが、遠い親戚にあたる老夫婦の方があの津波の犠牲になってしまいました。その他にも命は無事だったが家は流されたり半壊した親類もおり、お世話になった知り合いの中に未だ連絡のとれぬ方もいます。そして、自分が親しんできた懐かしい港町が津波で無残な姿になったのは、何よりショックでした。

震災の発生から2ヶ月が過ぎました。そんな中、今回の記事を拝見し、掲載の動画に深く感動しました。ことばもそうですが、それより画像と音楽が心に刻まれました。音楽を聴きながら、もしMJがジョン・レノンが清志郎が生きていたら、どんなアクションを起こし、どんなメッセージを日本に送っただろうか、と考えたりしました。そして、画像を見ながら、あの日から数日間、関東甲信越・静岡県東部・東北全域の居住者は結局、程度の違いはあったにせよ、みんな被災者だったんじゃないか、と思えてきました。

以前のことは忘れて前へ進むのが、日本人の特性といわれます。震災後2ヶ月の今、首都圏では何か「震災みたいなひどいことはもう忘れて前に進もう」という空気が流れつつあるような気がしています。そんな中、この動画を見て改めて思いました。「みんな本当は被災者だったんだから。被災者同士がまだ助け合わなくてどうするんだ」と・・・。

とりとめもなく、すみません。書き過ぎました。長くなりましたので、今回はこの辺で失礼いたします。
2011-05-20 20:46:20

atglobe wrote:

To Yasuhiko Kambeさん

Kambeさん(Ben Hattoriさん)、お久しぶりです。
またコメントを投稿いただいて、本当にありがとうございます。

>その数十分後のTV画面には、やはり今まで見たことのない巨大な津波の
>中継映像が映し出されていました…

私は地震発生時には札幌市内で仕事中でした。
札幌は震度4程度だったのですが、それでもかなりの揺れを感じました。
すぐに携帯電話で速報を確認したところ、「東北地方で震度6強」とあり
ました。
その時点では、大きな地震があったことは認識しましたが、大津波など
まさかこれほど甚大な被害が出ているとは考えも及びませんでした。
その後、テレビでそのすさまじい被害状況を見せつけられ愕然としたのを
覚えています。
Kambeさんの親族の方も犠牲になったのですね。
お悔やみ申し上げます。

>掲載の動画に深く感動しました…

この動画に限らず、多くの被災地で被災した皆さん同士が互いに助け合って
いる姿や、あるいはボランティアの方々が活動している映像を見るたびに、
私まで感謝の気持ちでいっぱいになってきます。

ただ最近どうしても気になっていることがあります。
それは、原発をはじめ、復興への道のりがあまりにも長いとこによるもの
だと思うのですが、私や私の周りの人々を含め皆が「いらいらし始めている」
ことです。
不安ともどかしさがそうさせているのかなと思うのですが、やはりできるだけ
前向きに考えよう、と自分に言い聞かせている今日この頃です。
2011-05-23 20:03:08

Yasuhiko Kambe wrote:

at-globe さま

温かいお心遣い、御礼申し上げます。

> ただ最近どうしても気になっていることが・・・
今回の震災復興ですが、以前の震災、中越地震・阪神淡路大震災・関東大震災の復興と比べ、やはり何か性質が違うように思えてなりません。うまく表現できないのですが、震災前の状況に精一杯「復元」することが、イコール復興にならないように思うのです(その最たる例が福島原発)。震災前とは別方向・新発想の状態に生活や日本全体が生まれ変わらないと、真の復興にならないのではないと思い始めています。その具体的なイメージがなかなかはっきり見えてこない(手探り中で)ことが、ご指摘の「いらいらし始めている」理由の一つじゃないかと。

それから、バブル後の日本全体に浸透してしまった「効率とスピードの最優先主義」もあるかと思います。OSをインストールし直すように、あるいはPCを買い代えるように、素早く復興できないもどかしさ。これもあるかも知れませんね。しかし、相手は未曾有の天災、大自然なのですから、そんなにうまくサクサク進むはずないんですが・・・。被災地には支援、被災地以外にはガマンが、まだまだ必要かなと思います。
2011-05-24 14:03:15

純@LA wrote:

At-Globeさん、Kambeさん、お久しぶりです。

ウチの家内の友人(日本人)が仙台在住でして、実家が気仙沼なのだそうです。
当日は、妻の友人=仙台の自宅、夫(米人)=室蘭の大学で教授職で単身赴任、娘=東京の大学、息子=仙台市内の高校と、既に家族はバラバラ状態。
実家の気仙沼は壊滅で、高齢者二人暮しのご両親はほぼ絶望的・・・。

という状態で、勿論家内ともしばらく連絡が取れなかったのですが、数日後に突然メールが来て(電話は通じなくても携帯からメールが通じたそうです)
高校生の息子が、学校からあちこち歩き回って避難所で母と遭遇。
東京の娘、室蘭の夫は無事(当初からあまり心配していなかったがとりあえず無事を確認)
なんと、高齢のご両親が気仙沼から瓦礫を抜け、山越えをして仙台まで歩いてやってきたそうです。
「仙台まで行けば娘家族に会えるかも知れない・・・」との望みを託して、細い山道を二人で歩いて仙台まで・・・。
まるで戦時中に空襲に遭った家族の話を聞いているような錯覚すら覚えてしまいました。

しかし・・・・あれから3ヶ月強。
世界中からの注目と支援を受け、応援のエールも得ていた日本ですが、アメリカでは史上最悪の竜巻や洪水が連続し、アイスランドではまた噴火、中国も北西部では死人が出るほどの水不足と飢饉だそうです(中国政府はあまり公表していないようですが)
それぞれの国が、他国よりもまず自分の国の足元を見なくてはいけない状況が頻発し、これからは更に日本への支援の波も弱まって来るような気がします。

今、世界で注目を浴びているのは原発の問題で、原発被害者への東電からの保証や震災被害者への政府からの支援金などの注目度(報道や活動)は徐々に陰が薄れて行きそうな懸念もあります。
(実際、補償問題は原発保証が一面で、震災被害者への経済・生活支援は報道上はあまり目に付かなくなりました)

他国からも報道からも注目を浴びなくなったこれから・・・が大変な時期だろうと察しています。
2011-05-27 09:27:35

atglobe wrote:

To Kambeさん
To 純@LAさん

純@LAさん、お久しぶりです。
訪問いただきありがとうございます。

>「効率とスピードの最優先主義」

これはあるのかもしれませんね。
現代の国際競争の中にあっては、どの企業(あるいはそこで働く社員たち)も
最大限の効率化を求められていますから、そのスピードに慣れてきているの
かもしれませんね。
復旧が目に見えて進んでこない状況から、いらいらし始めている人も多いの
かもしれません。

私の取引先の企業でお話を伺っても、軒並み震災以降の売上は5〜15%程度の
減少で、5月に入っても改善していない企業が多いようです。
関東に工場や研究所をもつ企業では、夏場に向けて電力消費量を抑える努力を
しなければならないこともあり、当面は我慢が必要のようですしね。

>他国からも報道からも注目を浴びなくなったこれから・・・が大変な時期…

アメリカの今年の竜巻は未曾有の被害をもたらしているようですね。
竜巻に関してはきっと対策のしようがないのでしょうから深刻ですよね。
純さんがお住まいのLAでは竜巻の心配はないのだと思いますが…(その代わり
山火事が多いみたいですね)。

それにしてもここ数年、大きな自然災害が続いていますね。
地震(津波)にせよ竜巻にせよ、予測するのが難しいところが悩ましい
ところです。

>ウチの家内の友人(日本人)が仙台在住でして、実家が気仙沼なのだそう…
>まるで戦時中に空襲に遭った家族の話を聞いているような錯覚すら…

そのご家族にとっては何より無事でよかったですね。
津波の被害を受けた地域住民の皆さんにとっては、まさに一瞬の判断が
生死を分けたと聞きます。
ただ、近所の人を助けに戻ろうとして津波に巻き込まれた方々もいると
いいます。
その"判断"が間違っていたのかと聞かれると答えに詰まってしまいます。
2011-05-29 09:40:58

純@LA wrote:

AT Globeさん、お久しぶりです。
> 純さんがお住まいのLAでは竜巻の心配はないのだと思いますが…
それが、先週北カリフォルニアで竜巻が起こりテレビのニュースになっていました。
去年から異常気象で、冷夏とか暖冬とか全体的に暑い寒いではなく、1週間摂氏18度前後、翌週はいきなり20度後半、次の週にまた10度台後半・・・と、1週間から10日周期で10度ほどの温度差が交互するという、いままでに無い不思議な気候が続いています(今も続いています。先週30度近く、今週は22度程度、来週はまた30度近いらしいです。一週間ごとにヒーターとエアコンとスイッチを入れ替えています)

> ただ、近所の人を助けに戻ろうとして津波に巻き込まれた方々もいるといいます。
> その"判断"が間違っていたのかと聞かれると答えに詰まってしまいます。

答えは永久に出ないかも知れませんね。
農業高校の先生が、生徒たちを避難させた後に、単身牛舎へ戻り「一緒に連れてはいけないけど、せめて自力で助かってくれ!」と牛たちの綱をほどき、牛舎を開放してから避難したそうです。
高台で津波を見ている時に、牛が列をなして高台に登って来た姿を見つけ涙したそうです。
この先生は助かりましたが、『もし』牛を助けに戻った際に逃げ送れて亡くなったとしたら・・・・
残された家族が「牛の為に命を落として、残った家族はどうすれば良いのよ・・・」と思われるかどうか・・・。
牛の命が重いか牛を見殺しにしても家族の為に自分の身の安全を取るか・・・・。
対人間で、命を落とされた方は結構いらっしゃるようです。
対牛の場合や、自分自身の命の事だけでは無く、残される家族の事も含めると、永久に答えは出ないかも知れませんね。
2011-05-29 19:34:48

atglobe wrote:

To 純@LAさん

>対牛の場合や、自分自身の命の事だけでは無く、残される家族の事も
>含めると、永久に答えは出ないかも知れませんね…

逆に、助けに行かなかったことを強く後悔されている方も大勢いらっしゃる
のでしょうね。
「もし助けに戻っていたら自分の命も失ったかもしれない」だが、
「もしかすると救えていたかもしれない」という思いが消えない。

震災、津波の過酷な状況下において、こういった究極の選択を迫られるのは
本当に残酷ですよね。
2011-06-04 08:50:58

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